2017年10月10日 (火)

発見された釣灯篭

 今日、知人の歴史研究家が、面白い資料を持ってきていただきました。
 静岡の韮山に守山八幡宮というのがあるそうです。そこに、天正年間に寄贈された銘文のある釣灯篭があるのだそうです。
 奉納者や年代、などが彫り込まれています。
 ところが、別の場所に擦り消された銘文もありました。
 そこには、文明七年乙未 小野●山大慈寺・・と書かれていたのが読めるのだそうです。
 静岡県史だより23号によりますと、大慈寺が天正年間に北条氏などとの戦場にされた折、戦利品として持ち去られたものであろう、と推理されてありました。
 いやはや、何とも言えない歴史を知ることになりました。
 いつかは、実物を目にしたいものです。教えていただいた先生方に感謝。

2017年9月16日 (土)

白いものが

 今日も暑い日でした。夏は雨が多くて、何とも異常な気象でもありました。
 そんな中で、境内を歩いておりますと、ふと白いものが目に入りました。
 何とカンザクラの木です。そこに白い花がついています。
 12月近くまで例年咲きますので、相当長く花をつけているものと思われます。
 お彼岸の前ですのに、少し驚きました。

2017年9月 2日 (土)

お墓参りの時に

 田舎の話でまたまた申し訳ないのですが、今日、お墓参りの時に、後ろの山の方で、いやに大きな音がします。
 誰かが山に入っていったのかと思いましたら、何とイノシシです。
 ちょうどお昼前の明るい時間帯でした。
 影がちらっと見えたのですが、巨大なもので、ほんの数十秒、近くの藪を通って、山奥の方に入っていきました。
 お墓参りの時に遭遇したのは、初めてです。

2017年9月 1日 (金)

何と猿が

 近所の方に聞いた話です。
 大慈寺のあるこの小野寺に、お盆のころに猿が出現したということでした。
 多数であると移住してきた可能性もあるのですが、単独であり、はぐれ猿ではないかということでした。
 魚を狙っていたようなのですが、人影を見ると、近くに栽培されていたキュウリをむしり取って、どこかに逃げていったそうです。
 イノシシだの鹿だののの話はよく聞きますが、猿は初めてです。
 まだ大丈夫かもしれませんが、そろそろ猿のことも気にしないといけなくなるのかもしれません。

2017年8月15日 (火)

稲の花

稲にも、当然ながら花が咲くのだそうです。しかもとても短い時間、一日程度の開花なのだそうです。
 お聞きしましたところによりますと、一昨日、栃木近辺では稲の花が咲いたのだそうです。
 白くて小さい花なのだそうです。
 しかしながら、最近の天候不順、稲をはじめとする作物の不作が気にかかります。

2017年8月10日 (木)

北への信仰

 天台宗では鎮護国家を掲げます。その時に、北極星への信仰も用います。
 北は星々が回転する中心ですので、特別の意味を持たせるのです。
 今日、昭和に活躍された宗教家の、しのぶ会の本を手に入れました。
 長い間、忘れるほど探していた本でした。
 そこには、鎮護国家のための、北極星に対する信仰について書かれておりました。
 仏教と神道との違うはあるにせよ、共通する部分が多いのも事実です。
 どちらの道を通っても、日本の平和、世界の平和を求めるのに違うはありません。

2017年7月23日 (日)

大難を小難に

 過日、所用で夜に車を運転していましたら、突然左に方から音がして、左に車が傾き、がたがたと音が出て、走行困難になりました。
 とっさにパンクだと思いまして、たまたまそばに空き地がありましたので、そこに止められました。
 夜のこととて、街灯もなく、翌朝早くに直していただいたのですが、本当に危うい所でした。
 原因はタイヤがすり減っていて、もう寿命だったのだそうです。
 そもそも昼夜問わずに、車を足のように使っておりますし、移動に車は欠かせません。パンクしたのが、昼であり、交通量の多い場所でしたら大変なことになっていたでしょう。
 車を維持管理するのに、そもそも関心がないのも悪いのですが、それが根本の原因なのでしょうが、今回は大難を小難にしていただいたものと、諸仏諸神に感謝するしかありませんでした。
 お守りいただいたと、改めて感謝する次第です。
 

2017年7月 3日 (月)

線香のような

 この時期、大慈寺の境内には線香のような匂いがいたします。
 最初はだれかお参りをされているのだろうと思っておりましたが、誰もいません。
 おかしいものだと思っておりましたが、よくよくその発生源を探していきますと、庭の観音様の後ろに立つ木の匂いです。花の匂いです。
 中国の菩提樹という木なのだそうです。
 これが境内の広い範囲に匂いをまいていた原因でした。
 最近は慣れましたので、今年も咲く時期になったなあ、という感慨を持つのみです。

2017年6月14日 (水)

AIと仏教

 今日、AIについて仏教講座の中でお話する機会がありました。
 AIというのは、ともかく何でも吸収してしまうものである、情報量もすごいものである、将来は、個性までも持つことになるだろうということでした。
 そうであろと思います。
 しかしながら、仏教という観点からすれば、人間とはとても大きな違いがあります。
 それが業の問題です。
 人間は業をもっています。そのために輪廻すると仏教では言います。
 ですから人間をAIは作ることができません。業を無視しているからです。
 他の側面から見れば、あるいはこちらが主題になるかもしれませんが、将来高度なAIが作られる場合には、業を保存する場所を作ってほしいのです。
 善因善果、悪因悪果の法則を、AIに覚えさせるのです。
 それによってAIの暴走が止まる、仮に自分で業保存装置を解除するようになったとしても、人間は人間的な努力として、AIに業保存機能を付けてもらいないのです。
 そうして初めてAIが受け入れられると思います。
 少し空想が先走りに過ぎたかもしれませんが。

2017年5月29日 (月)

御朱印

 最近は、御朱印をいただきに来られる方の数が増えています。
 留守をしているときに来られている方が、おられかもしれません。
 そのお寺なり神社の方が気持ちを込められることによって、朱印帳は新しい価値が加えられます。
 それは生きている方のためでもあり、ご先祖様のためである場合もあります。
 悪い風習であるとは決して思えません。
 

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